令和8年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、顧客等からのカスタマーハラスメント(カスハラ)防止の体制整備が、中小企業・個人事業主を含むすべての事業主の義務になりました。診療所にとっては、患者や家族からの迷惑行為がこの対象に含まれます。この記事では、制度の変更点、少人数の医院でもできる相談窓口の作り方、悪質な迷惑行為と応召義務の関係を整理します。


1. 何が変わったか

新しく義務化されたカスタマーハラスメント対策

改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号、令和7年6月11日公布)により、事業主には、顧客等からのカスタマーハラスメントで労働者の就業環境が害されることのないよう、体制整備が義務づけられました。施行日は令和8年10月1日で、具体的な内容を定めたカスタマーハラスメント防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号)も令和8年2月26日に公布されています。

法律が定めるカスタマーハラスメントは、次の3つをすべて満たす言動です。

要件内容
行為者顧客、取引先、施設利用者その他関係者(診療所では患者やその家族が該当しうる)
内容業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えた言動(不当な要求、身体的・精神的な攻撃、威圧的な態度、執拗な言動など)
結果労働者の就業環境が害されること

既存の制度との違い

診療所にはすでに、職場内の上司・同僚からのパワーハラスメントを防ぐ措置義務があります(労働施策総合推進法第30条の2。令和4年4月から中小企業も対象)。今回の改正は、これとは別に、患者や家族など診療所の外にいる人からの迷惑行為を対象にした、新しい義務です。対象には中小企業や個人事業主も含まれ、職員が1人でも適用されます。


2. 事業主が講じるべき措置

防止指針は、事業主が講ずべき措置として、おおむね次の4つを挙げています。少人数の診療所で具体的にすることと合わせて整理します。

措置診療所で具体的にすること
方針の明確化と周知・啓発迷惑行為には組織として対応する方針を決め、院内掲示や職員への説明で周知する
相談体制の整備相談を受ける担当者(院長以外)を決め、相談があったら誰が・どう動くかを決めておく
事後の迅速かつ適切な対応・再発防止発生した事実と対応を記録し、同様の相手には対応方法を職員間で共有する
カスタマーハラスメントの抑止、プライバシー保護・不利益取扱いの禁止の周知相談した職員が不利益な扱いを受けないことを明文化し、必要に応じて受診や相談の記録を適切に管理する

方針を決めて終わりにせず、職員に周知するところまでが措置義務の範囲です。 院内掲示やミーティングでの説明など、周知した記録も残しておきます。


3. 相談窓口の作り方(少人数の医院の場合)

院内に窓口を置く場合

専任の担当者を置けない医院が多いはずです。その場合も、事務長や看護師長など、院長以外に相談を受ける人を1人決めておくだけで体制整備になります。相談を受けた担当者は、内容を記録し、対応を院長と共有します。

外部に窓口を依頼する場合

院内で担当者を決めにくい場合は、顧問の社会保険労務士や弁護士に外部の相談窓口を依頼する方法もあります。費用はかかりますが、相談する職員にとっては、院内の人間関係を気にせず相談できる利点があります。

記録に残すこと

  • 発生した日時、場所、関係した職員・患者
  • 言動の具体的な内容(録音・録画がある場合はその保管場所)
  • その場での対応と、その後の院内での共有内容
  • 繰り返し発生している場合は、過去の記録との照合

記録は、同じ患者からの迷惑行為が繰り返された場合に、4章で説明する診療の可否の判断材料にもなります。


4. 悪質な迷惑行為への対応(応召義務との関係)

医師は、正当な事由がなければ診療の求めを拒むことができません(医師法第19条第1項、応召義務)。この応召義務の考え方について、厚生労働省は通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日医政発1225第4号)を発出しています。

この通知の考え方では、診療の内容と関係のない要求やクレームを繰り返すなどして、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化されるとされています。暴行や暴言を医師・職員に行う、大声で怒鳴るなど他の患者の迷惑になる言動を行うといった行為があった場合は、応召義務を負わないと考えられます。

ただし、この判断は一方的に下してよいものではありません。

  1. まず記録をもとに、繰り返されている事実と内容を整理する
  2. 可能であれば、迷惑行為をやめるよう本人に伝え、その経緯も記録する
  3. 信頼関係の喪失と判断する前に、弁護士や都道府県の医療安全支援センターに相談する
  4. 身体的な危険がある場合は、ためらわず警察に通報する

診療を断る判断そのものより、記録と相談の経緯を積み重ねたうえで判断することが、後にトラブルになったときの医院側の説明材料になります。


5. 実行時の落とし穴

  • 「患者だから」と我慢を続ける。 迷惑行為への対応を後回しにすると、同じ職員が繰り返し被害を受け、離職の原因にもなります(採用した職員の定着はクリニックの看護師の採用も参照してください)。
  • 対応を1人の職員に背負わせる。 受付や看護師が1人で判断せず、院長・事務長に報告する流れを決めておきます(受付対応の基本は電話がつながらない医院を直すも参照してください)。
  • 記録を残さない。 口頭での共有だけでは、繰り返しの有無や内容の変化を後から確かめられません。
  • 方針を決めただけで周知しない。 院内掲示やミーティングでの説明がなければ、措置義務を果たしたことになりません。
  • 診療拒否を安易に行う。 応召義務との関係は、記録と相談を踏まえて慎重に判断します。

まとめ

  • 令和8年10月1日から、顧客等からのカスタマーハラスメント防止の体制整備が、中小企業・個人事業主を含むすべての事業主の義務になった
  • 職場内のパワーハラスメント防止措置(労働施策総合推進法第30条の2)とは別の、新しい義務
  • 少人数の医院でも、院長以外に相談を受ける担当者を1人決めるだけで体制整備になる
  • 迷惑行為は日時・内容・対応を記録しておく。繰り返しや内容の変化を後から確かめる材料になる
  • 診療の基礎となる信頼関係が失われた場合、応召義務の通知(令和元年12月25日医政発1225第4号)の考え方に沿って新たな診療を行わないことが正当化される場合もあるが、判断は記録と相談を踏まえて慎重に行う

参考資料