個人の診療所の院長は、一定の条件を満たすと、社会保険診療の経費を実際の額ではなく、社会保険診療報酬に決まった率を掛けた額で計算できます。租税特別措置法第26条の「社会保険診療報酬の所得計算の特例」で、一般に「概算経費」「四段階制」と呼ばれています。

使えるのは、その年の社会保険診療報酬が5,000万円以下で、かつ、医業・歯科医業の収入の合計が7,000万円以下のときです。率は72%から57%までの4段階で、実際の経費より大きくなる場合は、その差額(措置法差額)だけ所得が小さくなります。

この記事では、条文と国税庁の手引き(令和6年分の青色申告決算書・収支内訳書の医師・歯科医師用付表の記載要領)にもとづいて、使える条件、率の計算、自由診療がある場合の按分、実額との比べ方、申告の書き方を順に整理します。個別の申告の判断は、税理士か所轄の税務署に確かめてください。


1. 特例の中身と条文

租税特別措置法第26条は4つの項でできています。

項決めていること
第1項使える条件(5,000万円以下・7,000万円以下)と、4段階の率
第2項「社会保険診療」に入る給付・医療の範囲
第3項確定申告書にこの特例で計算した旨の記載がなければ適用しない
第4項記載がなくても、やむを得ない事情があると税務署長が認めれば適用できる

第1項の条件は2つで、両方を満たす必要があります。

条件数える金額上限
社会保険診療の額その年に社会保険診療につき支払を受けるべき金額5,000万円以下
医業の収入の額医業・歯科医業から生ずる事業所得の総収入金額の合計(自由診療を含む)7,000万円以下

「支払を受けるべき金額」なので、年末にまだ入金されていない請求分も入ります。国税庁の手引きでは、窓口で受け取るべき一部負担金は、未収のままでも、受け取らないことにしたものでも、収入すべき金額に含めて書くとされています。

国税庁の手引きは、社会保険診療報酬が5,000万円を超えた場合、または医業・歯科医業から生ずる収入金額が7,000万円を超えた場合は、この特例を使えないと注意しています。境目の年は、両方の金額を先に確かめます。


2. 社会保険診療に入るもの・入らないもの

第26条第2項は、社会保険診療を法律ごとに列挙しています。診療所に関わりの深いものをまとめると、次のとおりです。

区分主なもの(第2項の号)
医療保険の療養の給付健康保険・国民健康保険・高齢者医療確保法・共済組合などの療養の給付、保険外併用療養費などのうち保険で定める金額に相当する部分、訪問看護療養費(第1号)
公費の医療生活保護の医療扶助(第2号)、精神保健福祉法・感染症法などに基づく医療(第3号)、自立支援医療(第5号)、難病・小児慢性特定疾病の医療(第6号)
介護保険訪問看護・訪問リハビリテーション・居宅療養管理指導・通所リハビリテーション・短期入所療養介護などのうち介護保険で定める金額に相当する部分(第4号)

保険外併用療養費は「保険で定める金額に相当する部分」だけが社会保険診療です。選定療養・評価療養の自費の部分は入りません。

反対に、国税庁の手引きが「自由診療の収入等」に書くよう示しているのは次のものです。

自由診療に入るもの(手引きの例)
一般の自由診療の収入
室料差額の収入
健康診断料(人間ドック、生命保険会社との契約による診断料)
母子保健法に基づく検診料
介護保険法に基づく主治医意見書の作成料
高齢者医療確保法に基づく特定健康診査の検診料・特定保健指導の指導料

また、国民健康保険の条例で保険給付から除かれ、患者から直接受け取る療養費は、保険給付ではないので自由診療として扱うとする国税庁の通達(「租税特別措置法第二十六条に規定する社会保険診療報酬の範囲について」昭和33年12月1日)があります。

さらに、手引きは次のような医業に関連する収入を事業所得の雑収入とし、「医業及び歯科医業から生ずる収入金額」には含まれないとしています。7,000万円の判定では外して数えます。

雑収入になるもの(手引きの例)
貸与寝具・貸与テレビ・洗濯代など
医薬品の仕入れリベート
患者からの謝礼金など
電話使用料、自動販売機などの手数料
治療器具などの販売収入
地方自治体から支給される休日夜間診療などの嘱託料

3. 概算経費の計算

社会保険診療報酬を金額の段階に分け、段階ごとの率を掛けて合計します(第1項の表)。

社会保険診療報酬のうち率
2,500万円以下の部分72%
2,500万円超 3,000万円以下の部分70%
3,000万円超 4,000万円以下の部分62%
4,000万円超 5,000万円以下の部分57%

全額に一つの率を掛けるのではありません。段階ごとに掛けて足します。表を1本の式にすると、次のようになります(条文の表から当社が整理したもの)。

社会保険診療報酬(A)概算経費
2,500万円以下A × 72%
2,500万円超 3,000万円以下A × 70% + 50万円
3,000万円超 4,000万円以下A × 62% + 290万円
4,000万円超 5,000万円以下A × 57% + 490万円

計算の例です(金額は例で、特定の診療所の数字ではありません)。

社会保険診療報酬計算概算経費報酬に対する割合
2,000万円2,000万 × 72%1,440万円72.0%
3,000万円2,500万 × 72% + 500万 × 70%2,150万円約71.7%
3,500万円2,500万 × 72% + 500万 × 70% + 500万 × 62%2,460万円約70.3%
4,000万円3,000万円までの2,150万 + 1,000万 × 62%2,770万円約69.3%
5,000万円4,000万円までの2,770万 + 1,000万 × 57%3,340万円66.8%

報酬が増えるほど割合は下がり、5,000万円を1円でも超えると特例そのものが使えなくなります。


4. 自由診療がある場合の按分

自由診療の収入もある診療所は、実際の経費を「自由診療分」と「社会保険診療分」に分けてから、社会保険診療分の実額と概算経費を比べます。国税庁の手引きの手順は次のとおりです。

  1. 経費の総額を出す
  2. 自由診療分・社会保険診療分とはっきり分けられる経費を先に分ける
  3. 残りの共通の経費に「自由診療割合」を掛けて、自由診療分を出す
  4. 総額から自由診療分を引いたものが、社会保険診療分の実額

手引きが「はっきり分けられる経費」として挙げているのは次の3つです。

はっきり分けられる経費(手引きの例)どちらの分か
事業税自由診療分
第三者に委託したレセプト請求の費用社会保険診療分
未収金を個別に管理している場合の貸倒損失などそれぞれの分

自由診療割合は、診療実日数か収入金額のどちらかで出します。

出し方計算
診療実日数による自由診療の診療実日数 ÷ 全体の診療実日数
収入金額による自由診療の収入 ÷ 全体の収入 × 調整率

収入で出す場合に調整率を掛けるのは、同じ原価の診療でも自由診療のほうが単価が高いのが一般的だからです。調整率は次のとおりです。

診療科調整率
眼科・外科・整形外科80%
産婦人科・歯科75%
上記以外(美容整形を除く)85%

自由診療割合(%)は、小数点以下第3位を四捨五入します。診療実日数は、外来は通院の日数、入院は入院の日数で数え、同じ患者に同じ日に自由診療と社会保険診療を行った場合は、それぞれに1日ずつ加えます。

青色申告の場合、専従者給与と退職給与引当金への繰入額も、自由診療割合で自由診療分を出します。一括評価の貸倒引当金の繰入額は、12月31日現在の貸金の額で分けます。


5. 実額との比べ方

比べるのは、第4章で出した社会保険診療分の実額と、第3章の概算経費です。

結果どうなるか
概算経費 > 社会保険診療分の実額差額(措置法差額)を所得から差し引く
概算経費 ≦ 社会保険診療分の実額特例を使う利点は無い(実額で計算する)

計算の例です(金額は例です)。社会保険診療報酬が3,500万円で、社会保険診療分の実額が2,100万円なら、概算経費2,460万円との差の360万円が措置法差額で、その分だけ事業所得が小さくなります。実額が2,500万円なら、概算経費のほうが小さいので、特例を使う利点はありません。

比べるときの注意です。

  • 使えるかどうかは年ごとに決まります。第3項は「確定申告書に記載がない場合は適用しない」としており、毎年の申告で記載した年に適用されます。前の年に使ったかどうかではなく、その年の数字で比べます
  • 5,000万円と7,000万円は毎年判定します。患者数や自由診療の伸びで、翌年から使えなくなることがあります
  • 按分の方法で実額が変わります。診療実日数と収入のどちらで自由診療割合を出すかで結果が変わるため、どちらを使ったかと計算の根拠を残します

6. 申告の書き方

国税庁の手引きが示す書き方は次のとおりです。

書類書くこと
決算書の医師・歯科医師用の付表収入の内訳(請求先ごとの件数・実日数・点数・振込額、自由診療、雑収入)、自由診療割合、経費の内訳、措置法差額の計算。青色申告は決算書、白色申告は収支内訳書と一緒に出す
決算書の損益計算書「所得金額」欄の下の余白に「措置法差額○○○円」と書く
申告書第二表「特例適用条文等」欄に「措法26」と書く

第3項のとおり、確定申告書に記載が無いと特例は適用されません。記載が漏れた場合、第4項により税務署長がやむを得ない事情を認めれば適用できますが、これを当てにせず、申告書の段階で確かめます。

青色申告特別控除の計算の基礎

特例を使った場合、青色申告特別控除の計算の基礎となる事業所得の金額には、社会保険診療に対応する部分は含まれません。手引きは次の式で基礎の金額を出すよう示しています。

計算
基礎となる事業所得の金額 = 措置法差額を引いた後の事業所得の金額 −(社会保険診療報酬 − 第26条による必要経費の金額)

社会保険診療の割合が大きい診療所では、この基礎の金額が小さくなり、青色申告特別控除の額が上限まで届かないことがあります。実額との比較は、この控除の差も入れて行います。


7. 医療法人の場合

医療法人にも同じ形の特例があります(租税特別措置法第67条)。条件(その事業年度の社会保険診療の額が5,000万円以下、医業・歯科医業の総収入金額が7,000万円以下)と4段階の率は個人と同じで、経費は損金の額に算入されます。

項目個人(第26条)医療法人(第67条)
判定の単位各年各事業年度
条件5,000万円以下・7,000万円以下同じ
率72%・70%・62%・57%同じ
扱い必要経費損金
記載の要件確定申告書に記載確定申告書等に記載

第67条は、法人税法第64条の4第3項の適用を受けた法人の、救急医療等確保事業に係る業務を実施する事業年度として政令で定める事業年度を除いています。医療法人の判定は、個人と別の条文で行います。


8. 整える順番

  1. 前の年の社会保険診療報酬と医業の収入を、請求先ごとに集める(支払基金・国保連合会の決定通知と窓口の収入)
  2. 雑収入を分けて、7,000万円の判定から外す(リベート・嘱託料など)
  3. 5,000万円・7,000万円の両方を満たすかを確かめる
  4. 経費を、はっきり分けられるものと共通のものに分ける
  5. 自由診療割合を、診療実日数か収入(調整率つき)で出す
  6. 社会保険診療分の実額と概算経費を比べ、措置法差額を出す
  7. 青色申告特別控除の基礎の金額も計算し直す
  8. 付表・損益計算書の余白・申告書第二表の3か所に書く

年の途中で社会保険診療報酬が5,000万円に近づいている場合は、月ごとの請求額から年間の見込みを出しておくと、翌年の申告の準備がしやすくなります。月ごとの患者数と単価の見方は、診療所の収支の見方で整理しています。


9. つまずき

  • 全額に一つの率を掛ける:率は段階ごとに掛けて足します。3,500万円に62%を掛けると2,170万円になり、正しい2,460万円より小さくなります。
  • 7,000万円に雑収入を入れる/自由診療を外す:7,000万円は医業・歯科医業の収入の合計で、自由診療は入り、手引きの雑収入は入りません。
  • 健診や主治医意見書を社会保険診療に入れる:手引きでは自由診療の収入に書くものです。
  • 窓口の未収分を外す:受け取るべき一部負担金は、未収でも受け取らないことにしたものでも、収入に含めます。
  • 収入で按分するのに調整率を掛けない:収入で自由診療割合を出すときは、診療科ごとの調整率を掛けます。
  • 申告書第二表の「措法26」を書き忘れる:記載が無いと特例は適用されません(第3項)。
  • 青色申告特別控除の基礎を直さない:特例を使った年は、社会保険診療に対応する部分を除いて計算します。
  • 医療法人と個人を同じ条文で考える:医療法人は第67条で、事業年度ごとに判定します。

10. まとめ

  • 個人の診療所は、社会保険診療報酬が5,000万円以下かつ医業の収入が7,000万円以下なら、社保分の経費を概算で計算できる(租税特別措置法第26条)
  • 率は2,500万円以下72%、3,000万円以下70%、4,000万円以下62%、5,000万円以下57%を段階ごとに掛けて足す
  • 自由診療がある場合は、共通の経費を診療実日数か収入(調整率つき)で按分し、社会保険診療分の実額と比べる
  • 概算経費が実額より大きければ、差額(措置法差額)を所得から差し引ける
  • 確定申告書への記載(「措法26」)が無いと使えない。青色申告特別控除の基礎も計算し直す
  • 医療法人は第67条で、同じ条件・率で事業年度ごとに判定する
  • 個別の判断は、税理士か所轄の税務署に確かめる

保健所・地方厚生局への開設の手続きは、診療所の開業の流れにまとめています。


参考資料