損益分岐点は、「赤字にならないために、最低限どれだけの売上(患者数)が必要か」を数字で示す指標です。感覚で「もっと患者を増やさないと」と考えるより、固定費と変動費を分けて計算すると、必要な患者数が具体的な数字として見えます。この記事では、費目の分け方と計算の手順を、計算例とともに整理します。
1. 損益分岐点の考え方
損益分岐点売上高は、次の式で求めます。
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 − 変動費率)
(変動費率 = 変動費 ÷ 売上高)
売上高が損益分岐点を上回れば黒字、下回れば赤字になります。診療所の場合、売上高はおおむね診療報酬と自由診療の収入の合計に当たるため、これを診療単価で割ると、損益分岐点となる患者数(延べ人数)に置き換えられます。
損益分岐点患者数(延べ人数) = 損益分岐点売上高 ÷ 診療単価
これをさらに診療日数で割ると、1日あたりに必要な患者数の目安になります。
2. 固定費と変動費の分け方
| 区分 | 内容の例 |
|---|---|
| 固定費 | 家賃、正職員の給与・賞与・法定福利費、リース料、減価償却費、水道光熱費の基本料金部分、システム利用料など |
| 変動費 | 医薬品費、診療材料費、検査の外部委託費、給食材料費(有床の場合)など、患者数に応じて増減する費用 |
給与費は、常勤職員の給与は固定費に近い性質を持ちますが、パート・非常勤職員のシフトを患者数に応じて調整している場合、その部分は変動費に近い性質を持ちます。厳密に分けるほど計算は複雑になるため、まずは主要な費目を固定費・変動費のどちらかに割り振り、按分が必要な費目(給与費の一部など)は実態に応じて後から調整する進め方でも構いません。
自院の費用の内訳を、公的な統計にある費目の分類と比べて確認したい場合は、診療所の収支の見方|患者数・単価・人件費率で読むで整理した医療経済実態調査の区分(給与費・医薬品費・その他の経費など)を参考にできます。
3. 計算の手順
- 直近1年分の費用を、固定費と変動費に分ける(月次・年次いずれでもよいが、計算する単位をそろえる)
- 変動費率を求める:変動費 ÷ 売上高
- 損益分岐点売上高を求める:固定費 ÷(1 − 変動費率)
- 診療単価を確認する:直近の実績(総診療報酬収入 ÷ 延べ患者数)を使う
- 損益分岐点患者数を求める:損益分岐点売上高 ÷ 診療単価
- 1日あたりの必要患者数に置き換える:損益分岐点患者数 ÷ 年間診療日数
計算の一例
数字を当てはめた例を示します(すべて計算方法を示すための仮の数値です)。
- 年間の固定費:4,000万円
- 年間の変動費:1,000万円
- 年間の売上高:8,000万円(変動費率=1,000万円÷8,000万円=12.5%)
- 損益分岐点売上高=4,000万円÷(1−0.125)=約4,571万円
- 診療単価:7,000円
- 損益分岐点患者数(延べ人数)=4,571万円÷7,000円=約6.5万人
- 年間診療日数:260日とすると、1日あたりの必要患者数=約6.5万人÷260日=約25人
この例では、1日あたり約25人を下回ると赤字域に入る計算になります。自院の実際の固定費・変動費・単価・診療日数を当てはめて、同じ手順で計算してください。
4. 患者数以外で損益分岐点に近づける方法
損益分岐点を下回りそうな場合、対応の方向は「患者数を増やす」だけではありません。式の構成要素に戻ると、次の3つの方向があります。
| 方向 | 具体的な打ち手の例 |
|---|---|
| 固定費を下げる | 家賃・リース契約の見直し、稼働の低い設備の解約、人員配置の見直し |
| 変動費率を下げる | 医薬品・診療材料の仕入れ条件の見直し、外部委託費の見直し |
| 診療単価を上げる | 診療内容・算定できる加算の見直し、自由診療のメニューの見直し |
どの方向を選ぶかによって、必要な患者数の目安(損益分岐点患者数)は変わります。固定費を下げれば、同じ患者数でも損益分岐点は下がり、逆に固定費が増える投資(設備・増員)をする場合は、その分だけ損益分岐点患者数が上がることを、投資の判断時にあわせて計算しておくと、投資後にどれだけ患者数を増やす必要があるかが事前に見えます。
5. 落とし穴
- 固定費に変動費を混ぜてしまう:医薬品費などを固定費に含めると、変動費率が実態より低く計算され、損益分岐点が実態より低く(甘く)出てしまいます
- 診療単価を古い実績のまま使う:診療報酬改定や患者構成の変化で単価は変わるため、直近の実績で更新します
- 診療日数に休診日・学会等での臨時休診を反映していない:年間診療日数を実態より多く見積もると、1日あたりの必要患者数が実態より少なく出ます
- 損益分岐点ちょうどを目標にしてしまう:損益分岐点はあくまで「赤字にならない最低ライン」であり、設備投資や院長の報酬の積み増しを考えるなら、それより高い水準を目標にする必要があります
6. まとめ
- 損益分岐点売上高=固定費÷(1−変動費率)。診療単価で割ると、必要な患者数(延べ人数)に置き換えられる
- 固定費は患者数に関わらず一定の費用、変動費は患者数に応じて増減する費用。給与費は常勤・非常勤で性質が異なる
- 診療単価は直近の実績(総診療報酬収入÷延べ患者数)を使い、診療日数は休診日を反映した実態の日数を使う
- 損益分岐点は赤字にならない最低ラインであり、投資や報酬の原資を確保するには、それより高い水準を目標にする
参考資料
- 厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)について」:https://www.mhlw.go.jp/topics/2025/05/tp0531-1.html