診療所の消費税は、「保険診療は非課税」という単純な話では終わりません。 非課税であるがゆえに、医薬品や設備の仕入れにかかった消費税を控除できず、それが診療所のコストとして残る「控除対象外消費税」という構造上の問題があります。この記事では、非課税の範囲、控除対象外消費税の仕組みと診療報酬での手当て、課税事業者になる条件を、消費税法と厚生労働省の資料にもとづいて整理します。
1. 保険診療が非課税である根拠と範囲
消費税法別表第二第6号は、次の療養・医療を非課税取引としています。
- 健康保険法・国民健康保険法・船員保険法・国家公務員共済組合法・地方公務員等共済組合法・私立学校教職員共済法にもとづく療養の給付、入院時食事療養費・入院時生活療養費・保険外併用療養費・療養費・家族療養費・特別療養費の支給に係る療養、訪問看護療養費の支給に係る指定訪問看護
- 高齢者の医療の確保に関する法律にもとづく療養の給付
- 精神保健福祉法・生活保護法(医療扶助)・原子爆弾被爆者援護法・障害者総合支援法(自立支援医療費など)にもとづく医療
- 公害健康被害の補償等に関する法律にもとづく療養
- 労働者災害補償保険法にもとづく療養
- 自動車損害賠償保障法の規定による損害賠償額の支払に係る医療
条文には括弧書きで、「特別の病室の提供その他の財務大臣の定めるもの」は、財務大臣の定める金額に相当する部分に限り非課税の対象から除くとあります。差額ベッド代のうち一定部分は、この扱いにより課税取引になります。
一方、美容整形、健康診断(法定のものを除く)、予防接種、診断書の作成料など、公的医療保険の対象外の自由診療は、非課税取引に当たらないため、原則として課税取引です。
| 区分 | 消費税の扱い |
|---|---|
| 保険診療(療養の給付など) | 非課税 |
| 労災保険・自賠責保険の対象となる医療 | 非課税 |
| 差額ベッド代(特別の病室提供に当たる部分) | 課税 |
| 自由診療(美容医療、予防接種、健診など) | 課税 |
| 診断書作成料など、療養の給付に当たらない証明書類 | 課税 |
2. 控除対象外消費税とは
消費税は本来、事業者が売上時に受け取った消費税から、仕入れ時に支払った消費税を差し引いて(仕入税額控除)納付する仕組みのため、事業者自身の実質負担にはなりません。
しかし、非課税取引のために行った仕入れにかかる消費税は、仕入税額控除の対象になりません。 保険診療は非課税取引であるため、医療機関は患者や保険者から消費税を受け取れない一方、医薬品や設備を仕入れる際には消費税を支払っています。この仕入れにかかった消費税が、控除できないままコストとして残る状態を「控除対象外消費税」と呼びます。
診療報酬での手当て
厚生労働省は、この控除対象外消費税を医療機関が実質的に負担しないよう、診療報酬や薬価等に消費税相当額を上乗せする対応を、平成元年・平成9年・平成26年・令和元年の消費税の導入・引き上げのたびに行ってきました。
- 診療報酬本体:初診料・再診料などの基本診療料、入院料、調剤基本料を中心に、消費税負担に見合う点数を上乗せ
- 薬価・特定保険医療材料価格:市場実勢価格(税抜)に消費税率分を上乗せする計算式で改定
令和元年10月の消費税率10%への引き上げ時には、診療報酬本体が医科+0.48%・歯科+0.57%・調剤+0.12%改定され、初診料は約850円から約860円へ、急性期一般入院料1(1日あたり)は約4,770円から約4,950円へと変更されました(自己負担3割の場合の目安)。ただし、すべての報酬項目に一律で上乗せされているわけではなく、一部の代表的な項目に上乗せする方法が取られているため、個々の診療所で発生する控除対象外消費税の実額と、上乗せによる補てん額が完全に一致するとは限りません。
3. 診療所が消費税の課税事業者になる場合
保険診療の収入は非課税売上のため、それだけでは消費税の課税事業者にはなりません。次のような課税売上の合計が、基準期間(原則として前々事業年度)で1,000万円を超えると、消費税の納税義務が生じます(消費税法第9条第1項)。
- 自由診療(美容医療、予防接種、法定外の健康診断など)
- 診断書・証明書の作成料
- 物販(コンタクトレンズ、サプリメント、衛生用品など)
- 差額ベッド代のうち課税対象になる部分
課税事業者になると、課税売上にかかる消費税から、課税仕入れにかかる消費税を差し引いて納税します。この際、保険診療(非課税売上)と自由診療等(課税売上)の両方がある診療所は、仕入れにかかった消費税のうち、どこまでを課税売上に対応する分として控除できるかを、個別対応方式または一括比例配分方式で計算する必要があります。具体的な計算方法や、簡易課税制度が使えるかどうかは、税理士に確認することを勧めます。
4. 落とし穴
- 自由診療の売上を把握していない:保険診療の収入管理に比べ、自由診療や物販の売上を別立てで集計していないと、課税事業者になる基準(1,000万円)を超えたことに気づかないことがあります
- 差額ベッド代を一律で非課税と扱ってしまう:財務大臣が定める部分を超える差額ベッド代は課税取引になる場合があります
- 診療報酬の上乗せが自院の実額を完全にカバーしていると思い込む:上乗せは代表的な報酬項目への配分であり、個々の医療機関の控除対象外消費税の実額と必ずしも一致しません
5. まとめ
- 保険診療は消費税法別表第二第6号により非課税。差額ベッド代の一部や自由診療は課税取引になる
- 非課税取引のための仕入れにかかる消費税は控除できず、「控除対象外消費税」として医療機関のコストになる
- 国は消費税の導入・引き上げのたびに、診療報酬・薬価等への上乗せでこの負担に対応してきた(直近は令和元年10月)
- 自由診療・物販などの課税売上が基準期間で1,000万円を超えると、消費税の課税事業者になる
自院の収支全体の見方は、診療所の収支の見方|患者数・単価・人件費率で読むで整理しています。消費税の実額の負担感は、収支の中の医薬品費・設備費の水準とあわせて確認してください。
参考資料
- 消費税法(昭和63年法律第108号)第6条・第9条・別表第二(e-Gov 法令検索):https://laws.e-gov.go.jp/law/363AC0000000108
- 厚生労働省「消費税と診療報酬について」(令和元年8月):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/iryouhoken14/index.html
- 国税庁 タックスアンサー No.6201「非課税となる取引」:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6201.htm